ウラジオ発:異色なカフェの異才のオーナー リュシュキ・セルゲイ・アナトリエヴィチさん

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若者向けのポップなカフェが並ぶ噴水通りで1店、店内がなんとも芸術と神秘さで埋め尽くされた独特のカフェレストラン「S・INTENTO」がある。綺麗な絵画や写真があると思いきや、マヤ文明らしい装飾品も飾られ、厳選された音楽もかかり、とりあえず濃い空間になっている。これを運営するのは特異な経歴をもつラリュシュキ・セルゲイ・アナトリエヴィチさん(Ларюшкин Сергей Анатольевич)。今回はこの独特な空間のベースにある考えや、ここに至る経緯などを教えていただきました。
 
 

 
 
–セルゲイさんはウラジオストクのご出身ですか?
生まれたのはレニングラード、今のサンクトペテルブルグです。その後、両親の仕事の関係でウラジオストクに移ってきました。生まれのサンクトペテルブルグ時代と2014年~2019年の5年間モスクワにいたのを除いてはずっとウラジオストクです。
 
 
–学生時代は何を専攻されていたのですか?
私はソ連時代の1981年に医学部に入学しました。
 
 
–卒業後はお医者さんになられたのですか?
はい、卒業後は内科医として5-6年勤務しました。
 
 
–内科医をやめられて何をされたのですか?
1992年からプロの空手家になりました。空手は1979年から始めており、まずまずのレベルになっており、内科医をやめて、プロの空手家一本で生活していこうと思い、実際に空手家として収入を得ていました。1992年から1998年はプロの空手家時代です。沿海州では1番でしたし、ロシア国内はもちろん、スウェーデンなどの海外にも遠征で行きました。
 
 
–空手はどこで学ばれたのですか?
当時はJKA(日本空手協会)というのがあり、ウラジオストクにもJKAに所属する正道会SATORI(悟り)という空手クラブがありました。私はそこで1979年から学んでいました。しばし日本からも師範たちがお越しになり、特にASAI先生はよく来て指導してくださりました。
 
 
       
 
 
–空手家をやめられて何をされたのですか?
空手と並行で1994年にビジネスを始め、2001年まではインドネシアの家具用木材を輸入していました。
 
 
–そこからどのようにコーヒーにつながるのですか?
1990年にアメリカのクリントン大統領とロシアのエリツィン大統領が、アメリカがロシアの経済発展を支援することで合意し、そのようなビジネス支援がアメリカよりロシアで展開されていました。その1つがアメリカ流の最先端ビジネスをロシア人に教えるというものです。私は1998年にアメリカにわたりナジェージュダ・クリロフ(カリフォルニア州知事顧問)という世界的なロシア人系アメリカ人にビジネスを習う機会に恵まれました。この先生のおかげでロシアの中にも優れたビジネスが生まれるようになりました。今でも私はこの先生に心から感謝しています。そのような最中にアメリカシアトルを訪れた時に衝撃を受けコーヒー文化にとりつかれるようになりました。
 
 
                     セルゲイさんは今もアメリカ人ナジェージュダ先生への感謝を忘れない
 
 
–シアトルでどのような衝撃を受けられたのですか?
シアトルはカフェが沢山ありますが、そこで皆が楽しく、平和に過ごす光景が私にとっては衝撃的でした。こうやってカフェで過ごすような日常こそが民主主義や平和のシンボルではないかと。1917年のロシア革命に始まり、ソ連時代というのは私の視点からすると何百万の優秀なロシア人を海外へ追いやった良くない時代です。そのような時代ではなく、カフェ文化をロシアにも根付かせて、ロシアを良い民主的なものにもっていけないかと。歴史というのは一部の偉大な人や政府が作るというより、庶民が作るというのが私の考えで、私は偉大でないけど、カフェ文化でロシアをよい方向にもっていきたいと強く感じました。アメリカでも一般庶民は極めて親切、いい人ばかり、そんな一般の人たちが集まるのがカフェでありカフェ文化をロシアでも展開できればと思ったわけです。
 
 
                   人々が集い、楽しくすごすシアトルのコーヒー文化は民主主義としてセルゲイさんの心に響く
 
 
–それでウラジオストクでカフェを始めたのですか?
はい。2003年にセミョーノフスカヤ通り21でカフェ「Оахака(オアハカ)」を開きました。人気も知名度も最高で2009年まで営業していました。今もそこは私達のオフィスとして使用しています。
 
 
                            当時ウラジオで一世風靡したカフェは今はオフィス
 
 
–オアハカとはどういう意味ですか?
これはメキシコの都市の名前です。私が大好きな国で何度も訪れたメキシコの都市です。今のこのお店「S・INTENTO」にもメキシコの装飾品を沢山飾っていますが、本当に好きなんです。
 
 
                             メキシコでセルゲイさんが撮影した写真
 
 
                                メキシコから持ってきている装飾品たち                    
 
 
–そのうまくいったカフェをストップされ何を始められたのですか?
カフェ形態を一度やめ、コーヒー豆とコーヒー焙煎機、グラインダー等を業務用に卸業に集中することにしました。うちで扱っているコーヒーはClimbaliです。今もこの卸業務は続いています。
 
 
–そのよう卸業務の次はどうされたのですか?
卸業務の展開で2014年からモスクワに私は移りました。2019年まで5年間モスクワ生活です。
 
 
–モスクワはセルゲイさんにとってどのような場所ですか?
最高に素晴らしい場所です。そして何せ人の良さが突出しています。モスクワ人は一般的にちょっとスノッブで偉そうなイメージがありますが、私の視点ではそうではありません。モスクワ人はとても柔らかく、明るく、丁寧、そして成熟しています。ウラジオストクの人々も快活で率直でいいですが、私の視点ではモスクワ人は素晴らしいです。医学、心理学的な見地からする、彼らには赤の広場クレムリンは俺たちの場所にある、俺たちがロシアをコントロールしているという気が潜在的にあると思います。そこから来ている安心感というのでしょうか。
 
 
–それほど好きなモスクワなのになぜウラジオストクへ戻ってこられたのですか?
モスクワに住んでいる間にカフェを回りましたが、ウラジオストクで私が運営していた「Оахака(オアハカ)」ほどのものがなかったのです。モスクワにいつかはオアハカのようなものを作らねばと思うようになりました。そのためにはまずオアハカのようなお店をウラジオストクで再生させ、ウラジオストクでチェーン展開する必要があります。そういうわけでウラジオストクに戻り2019年にこの「S・INTENTO」をOPENさせたのです。
 
 
                                2019年にOPENしたS・INTENTO
 
 
–やっと今のお店にの話に行きつきましたが、このお店のコンセプトを教えてください?
このカフェ&レストランには私の全てが入っています。壁は全て私が描き、店内にかかっている油絵や写真もすべて私が手がけました。メニューの写真も私の作品です。装飾品は主にメキシコのものです。音楽もこだわっており、接客にも空手の間合いや心理学を取り入れ、1つの芸術的な劇場を作り上げています。4人の責任者を置いており、厨房はアレクサンドル、バーはセミョーン、デザートは私の妻オリガ、そして私がカフェの責任者です。カフェ責任者である私は、日曜日に店頭に立ちます。
 
 

 
 

 
 
                            店内の内装から絵画、メニューまで全てセルゲイさんの作品
 
 
–素晴らしい絵や写真はどちらでいつから勉強されたのですか?
2005年から今は亡きリヴァチュック・イヴァン先生(Рыбачуг Иван)という芸術家に師事しました。写真は2004年からの独学です。
 
 
                             ロシア全土でも著名な先生に師事し絵画の腕を磨く
 
 
–カフェ部門や接客ではどのようなことを心がけていらっしゃるのですか?
当店ではお客さんとの対話を通じて、お客さんの気分、感情を読み取り、そのお客さんの気分がよくなるようなコーヒーを1人1人に作るようにしています。いろいろ質問したりしますが、定番の質問は「頭の中に浮かぶ5つのモノ」という質問です。お客さんの頭に浮かぶ5つのモノを言ってもらいます。そしてその5つをキーワードとして私を含めた当店の店員が、そこから心情や気分を読み取り、リキュールなどアルコール、スパイスも用いて、カクテルのようなコーヒーを作ります。このようなお客さんと店員側のやりとり、そして提供されるコーヒーを通じて、お客さんは日常の雑事を忘れ、自分の内面が本当に欲しているものに関心が向かうようになります。こういう心理的なプラス効果を目指しています。またお客さんとの距離の取り方には空手の間合いを取り入れ、お客さんが一番心地よい距離感を保つように心がけています。当店の従業員研修には空手の組手を練習する時間もあります。
 
 
                  心理学博士のようにお客さんとのコミュニケーションを通し、お客さんの気持ちが良くなる1杯を決める
 
 
                           時にはスパイスやリキュールも使い最高の1杯を作る
 
 
–お客さんによっては質問されるのを面倒がる人もいるのではないですか?
ただ単に注文される方もいますし、自分の心を開放したくない人もいらっしゃるので、そのお客さんが希望されるのを尊重しています。お客さんが心地よいように対応します。
 
 
–セルゲイさんの医者、空手家、芸術家、経営者としての多彩さと遍歴はご自身でどう思われますか?
よくわからないですが、おそらく欲張りなんでしょう。そして私個人としては、このように職業を変えていくことはとても素晴らしいことだと思っています。職業を変更していくことは「自由や悟りへの道」です。色々な職業をやっていると、自分は医者なのか、空手家なのか、経営者なのか、何者かわからなくなってきます。その境地が大事なんだと思います。そしてそうなったときはじめて神的なものに触れることができます。もちろん日本で有名な数寄屋橋次郎さんのように寿司一本で生きていき、そのような境地になることはあると思います。どちらも最終地点は同じで、1つを貫くのも認めますし素晴らしいとおもいます。ただ私はどんどん変更するのがいいと思っております。
 
 

 
 
–セルゲイさんの活動には日本の影響もあるのですか?
もちろんです。日本は医者時代に2回訪れただけですが、空手を通じて日本の精神を学びました。私に大きな影響を与えた国の1つが日本です。日本からは魂、精神を学びました。S・INTENTOの意味は「悟りを志す」でこれも日本の概念です。そしてメキシコからは神秘性を、アメリカからはビジネスを学ばせてもらいました。
 
 
                          エプロンにもあるSのマークは「悟り」のS
 
 
–今後のプランや方向性をお聞かせください。
このS・INTENTカフェ&レストランを通じて、ロシアの発展と平和に貢献していきます。そして私個人としては、何度か言ったように、悟りであり空「クウ」の境地に近づいていければと思います。

 
追記:セルゲイさんの従業員教育方法についてマネージャーのソフィアさん(София)に伺ってみました。
 
 
–セルゲイさんの従業員教育について教えてください。
私はここで働いて8か月くらいになりますが、当初は社長のおっしゃることがよく呑み込めませんでした。そして少しずつ訓示を受けるにつれて、だんだんと私自身の心がそれを吸収するようになりました。この8か月で私の気持ち、内側がとても研ぎ澄まされ、成長したのを感じます。
 
 

 
 
–ソフィアさんもお客さんの心理を読みながらコーヒーをできるのですか?
入社当初は、全くできませんでしたが、心を研ぎ澄まし、お客さんの心に寄り添うことで作れるようになりました。仕事や家庭で悩んだり、気分の晴れないお客さんが私とのやり取りや、1杯のコーヒーを通じて、元気になり、心が晴れてくれると本当に嬉しいものです。そしてそういうお客さんを沢山見れるのが私のコーヒーづくりの励みになっています。単にコーヒーを売るというのでなく、少しお医者さんみたいな感じですが、私はこの仕事につけて良かったと思います。
 
 
                               ソフィアさんの一杯で顔に笑みがこぼれるお客さん
 
 
医者、プロ武道家、芸術家、バリスタ、経営者として天賦と思われる才能を発揮し、すべての経験をお店に注入するセルゲイさん。お客さんとのやり取りを拝見すると、そこでは医師のような傾聴があり、心理学博士のような分析、そしてベテランバリスタとしての手作業があり、作る最中には武道のような集中、そして出来上がりには芸術家のような面を見せてくれる。セルゲイさんの天賦の才とロシアへの貢献の思いがどんな風に発展していくのが非常に楽しみです。
 

お店の紹介(セルゲイさんは日曜のみ):http://urajio.com/item/365



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