「魚拓」と聞けば日本の伝統工芸のひとつであるが、その「魚拓」をウラジオストクで始めたのがアナスタシヤ・ネイガさん(Анастасия Дейнега).日本の伝統文化を独自のスタイルで追求し、開始からわずか3年にも関わらず、ロシア全土の人々を魅了している。そのアナスタシアさんに、魚拓制作にいたるまでを伺ってみました。

–アナスタシアさんはウラジオストクの出身ですか?
いいえ、15年程前に結婚した主人マキシムがウラジオストクの人で、私の生まれはブラゴベーシェンスク(Благовещенск)です。ブラゴベーシェンスクは、アムール川を向かいにして中国がすぐ目に見える街です。小さい頃は興味をもって対岸の中国を眺めていました。祖父の住むマンションは高層階で、中国人が川で洗濯する姿も見えるほど身近でした。
対岸の中国黒河まで歩いていける距離のブラゴベーシェンスク

沿海州出身で活動を全面支援する夫のマキシム(Mаксим)さん
–小さい頃から中国を始めとしたアジア文化に関心があったのですね?
そうですね。ヨーロッパまではとても遠く、アジアはすぐ目の前だったということもあって、アジア文化に強く引かれていました。
–では目の前の中国には沢山行かれたのですね?
有に100回以上は行っていますよ。大学を卒業してTVのレポーター、ジャーナリストとして10年ほど仕事をしていたのですが、TVの仕事だけでも50回以上は行っていますね。ロシア人が築いて今もロシアの雰囲気を残すハルビン、そしてインド人、欧米人、香港人当の様々な人種と文化がミックスした香港は大好きな都市です。

人種と文化の坩堝ー香港
–多くの芸術家達のように芸術大学は卒業されていないのですね?
大学は先生になるための教育学が専攻です。そしてそのまま、TVのレポーターとして仕事をしていました。実は私の父も母も絵描きだったのですが、絵描きをはじめとした芸術家はソ連崩壊後の混沌期にまったく収入がなく、とても食べていけるような職業ではないと両親が痛感し、その教えに従って芸術の道へは進みませんでした。なので、私は芸術をきちんと学んでいないとも言えますが、それがある意味よかったかなとおもっています。芸術を学校で学んでしまうとセオリーができるので、私が今行っている魚拓に盛り込む美や面白さは出てこなかったかもしれませんし、魚拓のようなこともおこなっていなかったかもしれません。

–韓国も100回くらい行かれているのですか?
韓国はソウルと釜山だけですが、10回以上は行っています。1か月という長い滞在もありますね。ちなみに今、息子はソウルで英語のキャンプに参加していますよ。
–アナスタシアさんにとっての韓国の魅力も教えていただけますか?
韓国もとても面白い国ですし、食べ物がずば抜けて美味しいですね、私は辛いものも好きなので韓国は本当に何でも美味しいという感じです。キムチも食べますよ。そして私のとっての一番は、韓国人の親切心です。韓国人は一般的に朝か晩まで仕事して、夜は遊んでという感じで捉えられることが多いかと思いますが、私の経験に限っていえば親切心です。ソウルで雨に降られたことが何度かあったのですが、傘を持たずに雨宿りをしていると、車に乗った韓国人が私達家族を見かねてか、傘を差しだしてくれ、そのまま何も言わず行ってしまいました。そんなことが2度もありました。本当に韓国人というのは困った人を放っておけないのだなとすごく感動しました。
雨宿りした外国人に傘を差しだす韓国文化に感動
–やっと日本の順番になりました。日本の魚拓を始めた経緯を教えていただけますか?
丁度、2020年コロナウイルスが発生したときに、皆がステイホームになり、外出することもできなくなり、家で過ごすことが多くなりました。ちょうどその時の家は海辺にあったので、海辺に行くことしかできなかったのですが、流木の中に面白い形があるものがあって、それでちょっとした作品を作り出すようになったのです。それを友人に見せたり、何ということなく、SNSに載せたりしていたんです。そしたら友人の知合いがそれを欲しいとか、SNSで見た人が買いたいとか、言ってくれるようになったんです。そして海を題材とした作品を少しずつ作っていくようになりました。要望が増えたので、専用の作業場も借りて、本格的に取り組み始めました。そうそう、SNSで魚拓に出会ったのはそんな最中です。たまたまSNSで魚拓を見つけ、ものすごく興奮を覚えました。様々な作品を見るのはもちろん、その技法、歴史まで夫のマキシムと一緒になって調べて、完全に魚拓の世界観に取り込まれていました。そして自分で魚拓を作ってみようと始めたわけです。初めて作った作品はカレイです。

2020年 最初に作った作品はこんな感じのもの

少しずつ「海」をテーマとした作品を増やしていった

初めて試みた魚拓はウラジオでなじみの深い「カレイ」
–では日本で誰かから直接習ったわけではないのですね。
日本には一度、友人の結婚式で東京を訪れただけなんです。なので、これから日本の魚拓職人さんに出向いて学んでみたいと思っています。実際に今年の秋に大阪に行く予定なのですが、そこと今、コンタクトを取っています。たまたまウラジオストクの女性がその魚拓職人さんを訪れ、ワークショップに参加したらしくて、私もそこで日本の職人さんの技法を見て学びたいと思います。この前、中国に行ったとき中国の珍しい魚を使って現地で作品を作ったら、ユニークで面白いものが出来上がったんです。是非、大阪に行くときも、材料を持って行って、大阪黒門市場で日本の魚を買って、作品を日本現地で作ってみたいです。

中国で現地の珍しい魚を使って作った作品
–初めて日本を訪れた際の日本の感じはいかがでしたか?
日本は、森にしても川にしても自然が絵画的な美しさをもっているのがとても印象的でした。今年の秋の2回目の訪問が楽しみです。
-わずか3年なのに展示会を開いたり、ロシア全土から反響があったりですがどのように感じられていますか?
魚拓がロシア人にとって新鮮であり、魅力的であるのかもしれません。ウラジオストクは日頃から海と共にあって、魚介類も食べているのですが、魚がどんな形をして、どんな鱗をもっているかをつぶさに見てもいなかったし、どんな美しさを発しているかを知ることもなかったのです。魚拓は魚の姿、形、大きさがそのまま感じ取れますし、その魅力、美しさも存分なく見せてくれます。その魚拓の素晴らしさが伝わってくれているんだと思いますね。

アートエタッシュで行われている個展

初めて魚拓に触れるロシア人がほとんどで大きな反響を呼んでいる
–お店には、ひっきりなしに人が来てますね?
ここには本当にいろいろな人が来てくれています。モスクワやサンクトペテルブルクの旅行者も、こんなところで日本らしい、そして珍しいものが買えるとよく足を運んでくれます。学校の先生が子供達を連れてきてくれることもあります。切り身の魚は知っていても、魚の顔はまじまじと見たことはないですからね。「カレイはこちらに目が2つあるけど、背中にも2つ目があるの?」とか子供らしい質問が出たりして楽しいですよ。オーストラリア人夫婦が魚拓を買っていってくれたこともあります。その息子さんがオーストラリアで魚拓を行っているので、ロシアの私の魚拓を息子の作品づくりの参考にするとのことでした。

世界にはGYOTAKUの愛好者が少なくないという
–世界中で魚拓は行われているのですか?
中国では「GYOTAKU」とは呼ばないのですが、それ以外の国では「GYOTAKU」と呼んで、各地で各地の魚を、それぞれのスタイル、技法でGYOTAKUにしています。オーストラリアではオーストラリアの魚を使って作品を作っていると思いますよ。
–アナスタシアさんが一番気に入っている魚拓はどの魚ですか?
鯛です。鯛は凹凸があって、硬くて、鱗が尖っていたりしてとても作るのが難しいのですよ。鯛と紙の塩梅を少し間違えるだけで、すぐ破れてしまうのです。魚としての美しさもですが、作る過程における難しさがある故にその分、うまく出来た時の喜びは格別です。

ナホトカで海藻を使っての作品づくり

海藻の魚拓が出来上がり

凹凸や鱗の硬さゆえに完成させるのが醍醐味という鯛
–今後の計画と展望を教えていただけますか?
魚拓は、ランプ、Tシャツ、バッグ、何に付けても非常に面白いと思います。様々に私の魚拓を印刷して、それをロシア中の人に知ってもらい、魚拓を広げていければといいですね。そしてそれに相応の私の腕、技術も高めていければと思っています。それと最近、ロシア科学アカデミー(ДВОРАН)の方がお店にたまたま入って来られたのですが、等身大の魚のアーカイブがあると驚愕されたんです。科学アカデミーでは実際の魚はなかなか接する機会がなく、本の上での知識しかえられないとのことなんです。私の魚拓があれば、魚の尾ひれや、頭、の各部分の経年変化、歴史的変遷を追うことができるからと共同でプロジェクトを行う話が進んでいます。これは3年ほどの長期スパンでの計画なのですが、こういう科学の分野とのコラボレーションも非常にワクワクするし、将来性があると感じています。海洋科学における新しいアプローチとなるかもしれません。

ホタテの魚拓とランプを組み合わせた

魚が好きだからか(?)店に居ついてしまった猫のリューシャ(Люся)
アナスタシアさんのお店の紹介 ДРУГИЕ ИСТОРИЯ:http://urajio.com/item/1416
作品(商品)の紹介サイト:https://taplink.cc/drugieistorii?from=qr

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