ウラジオストクでは5年程前から、世界的な潮流に合わせて、ツーリズム強化の観点から自然環境保護の動きが高まっている。観光資源であるタイガ(多種植物の森林)と市内美化(路上ゴミ削減)の実現が旅行者増につながるためである。そんな環境保護の流れにあり起業家でありながら、数年にわたって自然環境保護を訴え活動するアレクサンドル.バシュックさん(Александр Васюк)にお話しを聞いてみました。
–いつ、どのような契機で環境保護活動を始めたのですか?
7年前に、ウラジオストクから船で1時間のところにあるシコタ島というところの海岸清掃活動に参加してからです。この海岸の清掃活動は、街の哲学教室が定期的に主催しているもので、誘われて参加しました。そこで、自然界や街に存在するゴミは、行政任せではなく、自分達で拾っていかなくてはいけないと強く感じだしました。それから、いろんな島や海岸に出向いては、彼らと一緒にゴミを拾ったり、自分の住んでいるエリアでもポイ捨て禁止を訴えかけたり、学校で子供達に小さな講義をしたりするようになりました。



小学校で子供達とエコゲームをするアレクサンドル氏
–それまでは環境保護やゴミ拾いという考えはなかったのですか?
恥ずかしながら全くありませんでした。それまでは、ゴミは行政が拾うべきものと当然のごとく思っていて、自分自らが拾うなんて考えたことがありませんでした。

–それから7年も続けられていますが、やめたりくじけたりということはなかったのですか?
もちろん、その7年間で周りから、なぜそんな汚いことしているんだ、なんのためだと、嘲笑されたこともあります。そんな時は、ローマ皇帝で哲学者のマルクス・アウレリウスの「やるべきことをやれ、そして結果は天にまかせろ(Делай, что должен, и будь что будет)という言葉の通り、やるべきことだけやろうと、淡々とやっていました。この言葉も哲学教室の夫婦ユリヤとマクシムから習ったものです。この夫婦のおかげで、環境保護、ゴミを自分達で拾う大切さもわかったし、今の活動を続けてくることができたと思っています。

マルクス・アウレリウスが心の支えとなった
–TELEGRAMやMAXといったSNSでも環境保護のチャンネルを運営されていますね?
チャンネルを運営したきっかけは、3年程前に、私の住むマンションの横の林にマンションが建つという話が持ち上がったからです。その近隣の住人から、なんとかそのマンション建設を止めて林を保護したいと訴えられました。確かに、その林にはカエルやリスも住み、貴重な野鳥も住み着くので、計画を中止させたいと私も感じました。もしSNSでチャンネルを作れば、それを行政の人にも見てもらえ、計画を止められるかもしれないと思い、開設にいたりました。行政の環境局の方の目にも届き、幸いにも建設計画を止めることができました。目的はマンション計画停止であったわけですが、そのまま環境保護に関する情報を流すチャンネルとして運営を続けています。
今では行政によりキレイな橋も整備された
–アレクサンドルさんはビジネスもされていますが、現在ビジネスとそれに至るまでを教えて頂けますか?
エンジニア学科を卒業して、工場の機械エンジニアとして1997年まで働いていました。ソ連崩壊から新しいロシアができる時期で、将来に可能性を感じ、独立してビジネスを始めるようになりました。当時、日本車の輸入が盛んであり、エンジニアの経験も生かして、車の装着用品やアクセサリーの販売を始めました。私に一番影響を与え、私のビジネススタイルを築いてくれたのは、日本企業BonFormです。BonFormは車業界としてとても有名な企業で、当時、私はBonFormと取引をして、彼らの商品をロシア国内で販売していました。BonFormは自分達で商品アイデアを出して、それを中国や台湾の工場に依頼し、それをロシア人である私達に販売していました。今日では普通のことかもしれませんが、ソ連崩壊からまもなく欧米型ビジネスがあまり浸透していない当時としては非常に新鮮な仕組みでした。これに強い衝撃をおぼえ、私も自分で商品を考え出し、中国で製造し、ロシア国内で販売していくことにしました。もともと自分のアイデアを形にするのが好きで、私はこのスタイルにずっとのめり込み、今に至ります。今も扱っているのは、車のシートや、アクセサリー、車内芳香剤などです。

強く影響をうけた日系BonForm社

ロシアで今も人気の同社の車用シート

アレクサンドル氏が考案し販売するサソリ型のスマホスタンド
–環境保護、ビジネス以外にも現在取り組まれていることありますか?
一番力を入れてすすめているのが、「ソ連時代の遊びを現代の子供達に」というプロジェクトです。今は、スマートフォン片手に部屋で1人、他の子と交わらずゲームをするのが趨勢です。公園の遊具にしても、皆で遊ぶために作られたものが少なく、1人で完結するものがほとんどです。でも、子供達には、外で他の子とも交わりながら、遊ぶことも大事だと思っています。そんなことをフラッと思っているやさき、この「ソ連時代の遊びを現代の子供達に」というプロジェクトが頭に浮かんできました。ソ連時代は、自分達の手、時に親の手をかりながら道具を作って、皆と楽しく遊んでいました。今の子より、笑顔が多かった気がします。もし、このプロジェクトを進め、市内にソ連時代のアナログな遊びを復活させることが出来たら、子供達の心身の健康、友情、そしてソ連時代の文化保護を同時に達成できるのでは見ています。ソ連時代を過ごしたおじいちゃん、おばあちゃん達も懐かしくなって、そこに加わってくれるかもしれません。このプロジェクトには少なからずお金と行政の力が必要です。今、提案書を持ち歩き、様々な人に働きかけています。まずウラジオストク市内で実現して、ハバロフスク、そしてモスクワと広げていけたらとおもいます。妄想の域ですが、そこにインドや日本の古い遊びも加えていけたら更に面白いです。日本の古い遊びを加える際はぜひ手伝ってくださいね。
ソ連時代の遊びには声と笑顔があったという


公園にソ連時代の遊びを復活させたい
–環境保護活動もこのソ連の遊び復活プロジェクトもお互いに関連しているのですか?
今、インタビューで質問を受けて、初めて考えているのですが、よくよく考えたら、私の中ではきちんとつながっているようにおもえます。時代的にも個人的にも、環境保護と文化は極めて大事な2つのキーワードです。この2つは、人々を結びつけ、皆を1つにしてくれる媒介となります。これらの言葉の旗の下であれば人々は皆で楽しく、そして1つにまとまれます。おそらく無意識でそんな世界を私自身が求めていて、環境と文化の保護活動をおこなっているのでしょう。あれもこれもやっているので、スピードはないかもしれませんが、着実に一歩一歩進めていければいいですね。

時に日本人を含めた外国人も巻き込み、エコ活動も行う
アレクサンドル氏のTELEGRAMチャンネル:https://t.me/ecoparknakirova

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