沿海州チーズの評価がロシア人のみならず、旅行者の間でも高まってきている。そんな中、自家牧場で手作りにこだわったチーズ生産者が現れた。ヤナ・イソコヴァさん(Яна Исокова)、アレクサンドル・イソコフさん(Александр Исаков)さん夫妻だ。ウラジオストク空港のあるアルチョム市で牧場で持ち、自分達で製造、それを「Cheese Story」という自分達のレストランで「ナジェージンスカヤ(НАДЕЖДИНСКАЯ」というブランドで販売している。今回は、主に牧場管理、製造を行う奥さんのヤナさんにチーズ生産者となったいきさつや、手作りチーズへのこだわり等について伺ってみました。
–ヤナさんはどちらのご出身でしょうか?
ロシア西部、ウクライナに近い都市クルスクという場所です。主人のアレクサンドルもモスクワ周辺です。2人とも仕事の関係で2010年にウラジオストクに来ることになりました。
–ヤナさんの元々のお仕事は何ですか?
私も主人もエネルギー学の専門家で、2人でずっと仕事をしています。主な仕事としては発電所などの設備を設置するような仕事です。このエネルギー方面の仕事は別に会社を持って今も運営しています。
–いつ、なぜチーズ生産とレストラン「Cheese Story」を始めようと思われたのですか?
チーズ作りを本格的に始めようと思ったのは2年前の2018年です。ちょうど数年前からロシアは経済制裁を受けて、その影響で、ロシアで販売されるチーズは質が落ちました。元々私達の家族は、主人も3人の子供達もチーズが大好きで、ちょっと自分達で作ってみようということになり、2018年10月にイタリアへ主人と一緒に1週間チーズ修行へ行くことにしました。イタリアのその修行先は4世代に渡って営まれるチーズ工房で、イタリア人のおじいさんより丁寧に教わりました。主人は主に設備や技術的なことを習い、私は味や調合についてです。質の良い、美味しいチーズには質の高い牛乳が不可欠で、たまたま沿海州で30年に渡って良質なチーズを作っているおばあちゃんと幸いにも知り合え、牛乳はその方に提供してもらうようにしました。そしてイタリアで習った技術と沿海州の牛乳で小さく生産をするようになりました。私達の作るチーズは少量生産で一般のお店では販売していませんが、やはり販売拠点が必要なので、チーズを販売し、チーズをその場で楽しめるようなレストラン「Cheese Story」を2019年11月にオープンさせました。一般的なお店ではチーズのにおいを嗅いだり、試食したりすることはできませんが、うちのお店ではお客さんに試食して確認してもらいながら購入してもらえるようしてあります。
2度にわたりイタリアで修行をする
ナジェージンスカヤにある家族運営のチーズ工房と書かれている
チーズの香りや味を確かめて購入できるお店として2019年にOPEN
–ヤナさんの幼少期の思い出や夢とチーズ作りは関わっていますか?
全く関わっていないと思います。2年前に主人と急に思いついた、そんな感じです。
–ヤナさんのチーズ作りから販売まではご家族のみでされているのですか?
よくビックリされるのですが、私と主人の2人だけで行っています。今は自分達の牧場と50頭の牛を持っているので、それらを点検、管理し、乳を搾り、チーズを煮立て、熟成させる、そしてできたチーズをパッキングする、これら全てを私1人で行っています。主人は主人で出来たチーズをお店に運こび、お店の管理、メニューの開発、ワインの仕入れ等を1人でおこなっています。私達はエネルギー設備の仕事もずっと2人でやってきましたが、このチーズの生産、販売も2人で行っています。それとたまに15歳の長女が手伝ってくれますけどね。今の私の生活は毎日朝の6時に起きて、夜中の2時に寝るという生活です。牛達は生き物なので手入れに休みはありませんから、2年間私もほぼ休みがないです。たまに15歳の長女が手伝ってくれますけどね。
厩舎とチーズ工房の作業は基本的にヤナさん1人で行っている
アレクサンドルさんは日々お店のメニューを開発
–お2人だけで大変そうですが、人を雇ったりはされないのですか?
はい、今の段階では家族以外には関わってもらわないようにと思っています。2つ理由がありまして、1つはこのチーズ作りは重労働で、雇ってもなかかな人が続かないものです。私達夫婦は2019年にもイタリアで修行に行っているのですが、そのイタリアで習った知識は、この沿海州ではそのままは通じないんです。イタリアとロシア沿海州では、気候や自然風土が違いすぎます。私達は、イタリアで習ったことを、沿海州にアジャストするように2年間試行錯誤して、今のレベルになっているわけです。この沿海州の地に合ったチーズ作りは、微妙な匙加減があり、この匙加減は、なかなか伝えることが物理的に困難です。2つ目は、このチーズ作りはイタリアやフランスのチーズ工房のように、何世代にも伝わる家族ビジネスとして成長させたいという思いがあるのです。うちには15歳の娘、7歳と5歳の息子の3人兄弟ですが、そのうちの誰かが興味を持ってくれて継いでくれればありがたいなと思っています。
イタリア、フランス、スイスなどでは何世紀にもわたり家族運営でチーズが作られてきた
–ヤナさんの牧場とチーズ工房について教えていただけますか?
チーズ作りの当初は、知り合った沿海州のおばあちゃんに良質な牛乳を提供してもらっていましたが、自分達で全て行いたいという思いもあり、2019年に自分達の牧場をアルチョム市に持つことにしました。牛舎と牧場の横には50㎡のチーズ工房を作り、そこで牛乳を煮立て、チーズを熟成させ、パッキンするという作業を行っています。牛は2019年4月に1頭目を購入し、今はミルクを出す乳牛が25頭、仔牛が25頭の計50頭います。
ヤナさんが天塩と愛情をかけて育てる牛たち
–ヤナさんの牛達は毎日どんなふうに暮らしているのですか?
毎日新鮮な草できれいに手入れされた牛舎で寝起きします。日中はのんびりと牧場でくつろいでいます。うちの牛達は牛舎に閉じ込められることはありませんし、とても健康で元気なのが特徴です。2日に1回は専門の畜産獣医が全頭の触診検査も行ってますから、何かあればすぐに発見し治せる体制です。
広大な牧場でくつろぐ牛たち
店頭のチーズの下にも牛たちのように新鮮な草が敷かれる
–牛達の手入れや牛乳の質の管理は大変ではないですか?
チーズ作りは、牧草の管理、牛の管理、牛乳の管理、チーズの管理、チーズ熟成の管理、店頭での手入れと、全てに渡って手の込んだ管理、手入れが必要で、非常に大変です。チーズという食べ物は、それら全てが凝縮された食べ物といってよいでしょう。牧草の質、香りが牛乳へと反映し、その牛乳からチーズができ、そして出来たチーズも店頭でもまだ生きている状態なので、丹念に毎日手入れをする、そんな手の込んだ食べ物なんです。少なくとも私達が生産しているチーズはそのように出来ていて、だから大量生産がきかないんです。
ショーケースの湿気とりは毎日欠かせない
–生きているチーズと生きていないチーズがあるのですか?
表現が適切かどうかはわかりませんが、私はそのように考えています。一般にスーパーなどで販売され、数か月も持つようなチーズは保存料や安定剤が入っており、これらは生きた状態ではなく、もう固定したチーズ製品です。これが悪いと言っているわけではなく、一般的には、大量生産しようとするとそのようになってしまうというわけです。私達のチーズは、店頭に置いている間も、お客さんが家で食べる時も、ずっと熟成がすすむような生きているものです。特に白カビチーズやブルーチーズ(青カビ)は顕著で完全に生きています。なので、うちのチーズは店頭に並んでいる時も毎日チーズを洗ったり、ケースの湿気を取ったりと生き物を手入れするように接しています。もしこれをしないと苦みのあるチーズになったりしてしまいます。
熟成の進み続ける「生きたチーズ」にこだわる
–チーズ作りには牧草も大事になるのですね?
牧草も非常に大事です。牧草の質、香りはチーズにそのまま反映します。季節によっても草の香りは変わりますので。イタリアのフィアルカという街では、ある一定期間に薫り高い牧草で作ったチーズを珍重するような文化もあります。フィアルカチーズは、その場所限定で、期間限定になるので、海外に出回ることはなく、国内の人達だけが、ありつけるのです。それくらい本来はチーズと牧草は密接な関係をもちます。
–ヤナさんのチーズはヤナさんのお店以外では買えないのですか?
ウスリースクで、健康、安全な食品を夫婦で営んでいる「EKO РАДОСТЬ」があり、そこの夫婦の考え方と私達の考えが一致しているために、そこでも扱ってもらっています。そのお店では商品の成分や質のみならず、その背景、生産過程などを丁寧にお客さんに説明してくれるんです。お店は奥さんが主にされていて、御主人がうちのチーズ工房に来て、運搬されています。今のところ、ウスリースクのその1店舗とウラジオストクの「Cheese Story」の2店舗だけです。大量生産でなく、良質なものを手作り生産にこだわっているので、今のところはそれくらいで丁度どよいかと思っています。
–レストラン「Cheese Story」には海外旅行者も来るのでしょうか?
韓国人と日本人が良く来られ、ワインなんかと一緒にチーズを楽しまれていきます。うちのチーズを本当に好きになってくれる人も多くて、ある日本人男性は「ここでチーズを買って、ロシアのハチミツとウォッカで食べたけど、最高だった」、ある韓国人は「ここのブルーチーズとシャンパンの組合せは絶品」と感激してくれて、次の日も買いに来てくれたりしました。帰国時にお土産として買いたいという方も少なくなくて、持って帰られる方もいらっしゃいます。
ウォッカに似た味わいの楽しめるイタリア醸造酒「グラッパ」もチーズに合う
数は少ないがロシア産ワインも置いている
–飛行機で持って帰っても品質上問題ないのですか?
うちにはスモークチーズ、プロセスチーズ、セミハードチーズ、ブルーチーズ、白カビチーズなど20種類近くの商品がありますが、そのうちスモークやセミハードを中心に持って帰ることが可能です。セミハードであれば保存期間30日、ブルーチーズも一応7日間は保存きくので、持って帰れます。真空パックになっているので安心してください。
–レストラン「Cheese Story」は主にご主人のアレクサンドルさんが手がけているのですか?
内装、メニュー作り、ワイン選び、従業員教育など、ほとんどが主人担当です。私はだいたい牧場で牛の管理とチーズ作りやっていますから、お店は主人に任せています。内装も結構こだわっていて、お店の壁のレンガは100年以上前に使われていたレンガを使っていますし、レジカウンターの木材も100年以上前のものです。ワインもイタリア産のものを中心に主人が厳選されたものを選んでいます。ロシア産のワインも一部ありますが、基本的に質と価格のバランスからするとロシア産以外の方がよいようなので、うちはイタリア、フランス等を中心に扱っています。
内装で使われるレンガは100年以上前味わいあるレンガ
大好きな「星の王子様」の絵も掲げられる
–チーズは身体にいいのですか?
様々な点で健康にいいのが実証されていますが、1つは豊富なカルシウムですね。それとスポーツ選手の筋肉づくりに大事なたんぱく質。それに1かけらのチーズは良い睡眠を助けるとも言われています。
–沿海州はチーズの生産に適した場所なのでしょうか?
一般的な視点でいうと、なかなか難しいと言えます。沿海州は土地は広大なのですが、冬を始めとした気候上の問題があります。ヨーロッパの気候と比べたらやはり難しいものがあります。またロシア国内でみても、アルタイ地方は農業で有名なのですが、あちらは土地も広大で、人件費も沿海州に比べて安くなっています。その結果アルタイ地方で作るものと、沿海州で作るものを比べると1,5倍の価格差が生じると言われています。もちろん沿海州にも素晴らしい乳製品、チーズがあるにはあります。
–ヨーロッパのチーズ生産とロシアのチーズ生産に違いはありますか?
作り方自体には大きな違いがありませんが、チーズ文化の成熟度という意味でヨーロッパに敵いません。ヨーロッパには何世紀に渡って築かれてきたチーズ文化とチーズ生産の歴史があります。そしてその生産をヨーロッパ全体として、また各国で大切に保護しているのです。ロシアでもソ連時代にそういった取り組みが一時期されましたが、今は国がチーズ文化の育成や生産保護をするということはありません。イタリアで最高峰のチーズと呼ばれる「パルミジャーノ・レッジャーノ(通称パルメザンチーズ)」は10ほどの認定されたチーズ工房のみが作ることが許されます。その工房は何世代にもわたる家族経営で、チーズを作る工房も、熟成させる工房も国の許可と管理下にあります。そして最終的に「原産地名称保護制度」DOPの刻印がおされたものだけが「パルミジャーノ・レッジャーノ」として市場に出すことができるのです。
イタリアでは伝統食品と産地を国が保護し、刻印を押す
–先数年のプランがあれば教えていただけますか?
直近では2つあります。1つ目としては、今年の年末か2021年初頭には、今のチーズ工房を大拡大します。現在は50㎡ですが、その8倍の400㎡を予定しています。そこにはロシアでは初となる、チーズ熟成コントロールシステムを導入します。この設備は、チーズ熟成に最適な温度、湿度などを管理するもので、今、イタリアで特別注文で製造中です。2つ目はチーズ生産の見学ツアーです。牧場の牛や、チーズ生産の過程を見れるようにし、希望者には見てもらえるようにしたいと思います。英語で私達が説明できるので、海外からの旅行者もお越し頂けると思います。この先、5年から10年ですが、今のチーズの質と手作りにこだわり、今の生産体制をきっちりと築き上げていくのに合わせて、多くの人に私達の存在を知ってもらうような告知活動やイベント参加などもしていければと思います。私が作るチーズは私と主人、そして子供達も食べるものなので、身体によい上質、そして子供達に恥ずかしくない、良心にそったものを作るというのが第一で、特に生産拡大や量的な増産は私達が望んでいるものではありません。
–すごい費用と時間、手間の込められたチーズ作りですが、ヤナさんにとってチーズ作りはどういうものなのでしょうか?
はい、牧場、牛、管理、設備に莫大な時間とお金はかかります。そしてその割に販売量を求めていないので、周りからはおかしな取り組みだと言われます。確かに、自分達でもだいぶおかしいとは感じることはあり、チーズ作りはどちらかというと私達夫婦の趣味の領域にあるように思います。手作りで、自分達だけで行う創造活動というか、芸術とでもいうのでしょうか。そうですね、一般的なビジネスとはちょっと違った、そんな創造活動が私達にとってのチーズ作りなんでしょうね。
チーズの話をし出すと止まらないというヤナさん。すべての要素、環境、材料が凝縮されたのがチーズであるというが、ヤナさんのチーズ作りからはウラジオストク人の志向や理想の凝縮というのが感じられました。家族や子供を大事にし、良心をもち、芸術、創造活動に取り組むというのが多くの人の目指す方向ですが、まさにヤナさん夫婦はそれを実現しています。手と気持ちのこもったヤナさん夫婦のチーズにありつけるのはこの上なく贅沢なことで、この贅沢チーズがウラジオストクに根付いていくと素晴らしいと思います。
お店の紹介:http://urajio.com/item/0201
お店のインスタグラム: https://www.instagram.com/syrovarnya_nadezhdinskaya/
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