ウラジオ発:海を渡り歩いたウラジオの海男アレクサンドル・アレクセービチさん

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アレクサンドル・アレクセービチさん(Александр Алексеевич)
クバルチラ30のスタッフで日本語の堪能なアレクサンドルさん。ロシアの自然を愛し、かつ文化、音楽にも造詣が深い。いつも暖かく迎えてくれ旅行者にも人気のアレクサンドルさんにこれまでの人生を伺いました。

アレクサンドル1

-お生まれもウラジオストクですか?
私は生まれた時からウラジオストクです。祖父母はウクライナの出身で、1930年頃にウラジオストクへやってきました。その当時ウクライナは貧しく、かつ人口が多かったので、国外の地へ新しい生活を求めて行く人が多かったのですよ。丁度ウラジオストクは人口も少なく、ウクライナよりは可能性があったのです。私自身はウクライナを意識することはなく、完全にウラジオストクのロシア人です。

-日本語が上手ですが、どうやって勉強されたんですか?
私は極東連邦大学で東洋学を勉強し、その際に日本語と英語を勉強しました。その後、国営の客船での仕事が始まりました。主に客船にての通訳業務が私の仕事でした。ウラジオストクの港から、シンガポール、香港、韓国、日本、アラスカなど多くの国と行き来をしました。英語と日本語を使って船内アナウンス、その他通訳業務をしました。当時はウラジオストクと東京に定期船も出ており、日本語もよく使いました。今は年齢でだいぶ忘れてしまいましたけどね。

アレクサンドル2

-客船での御仕事は何年くらいされたのですか?
客船での仕事は1980年のモスクワオリンピックあたりまで続きました。モスクワオリンピックの影響で客船の往来が減り、国営の極東船舶公団というところに職を変えました。

-極東船舶公団でも通訳の仕事をされたのですか?
極東船舶公団では海外からロシア海域に入ってくる船の検査に立ち会いました。ロシアの海域には韓国、日本他、漁業のための船が沢山はいってきます。それらの船で許可の有無、漁獲量などを実地で検査しました。検査の途中で、外国語でのやり取りが必要となり、私の仕事です。この船舶公団の仕事でもアルゼンチン、ウルグアイ、スペインなどの一般ロシア人の行けない国を沢山見て回りました。アメリカのシアトルも綺麗な港町でしたね。

アレクサンドル3
-人生の多くの時間を海の上で過ごしているんですね?
そうですね。大学を卒業してから25年くらいは海上勤務でした。年の半分くらいは海にいましたよ。海上勤務がなく、休暇の時はポーランド、ブルガリアなど東欧諸国に家族と旅行したりしました。それとスキーが好きなので、スキーにもよく行きました。

-アレクサンドルさんは音楽にも造詣が深いですが、音楽にも携われていたのですか?
学生の頃からアマチュアバンドとして活動していました。その後は勤務の合間をぬって、バーや結婚式などで
演奏していました。アメリカやロシアのポップスが中心です。その当時はアメリカのポップスがウラジオストクでも流行っていたんですよ。

Квартира306

-世界中色んな所を見られているアレクサンドルさんにとってウラジオストクはどんな街ですか?
まず1つは、ウラジオストクは人がのんびりして、温かい人が多いと思います。モスクワや他の都市と比較してもそんな気がしますね。2つ目はウラジオストクは多国籍で鍋のような所です。日本、中国、韓国等のアジアの文化、それとロシアの文化がうまい具合にミックスし、独特の文化、雰囲気を醸し出しています。私はやはりウラジオストクが好きですね。

アレクサンドル

日本語が堪能で、温かいTheウラジオの男アレクサンドルさんとは、隠れ家的人気レストランのクバルチラ30で会えることも多く、色んな楽しいお話をしてくれます。



海を渡り歩いたウラジオの海男アレクサンドル・アレクセービチさん

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